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足が風に揺らされる。
あと数センチ、バルコニーに付いたこの手を離して体を傾けたら、僕は真っ逆さま、あっさりと転落するだろう。
間仕切り一枚隔てた隣の気配はまだ僕の存在に気付いていないらしい。
高層とまではいかないが、ここはマンションの八階。辺りは似たようなマンションが建ち並んでいて、この時間帯は閑散としている。
ポツリポツリと明かりの灯る窓を眺めて、投げ出した足を風に絡ませながら、我ながら馬鹿なことをしているな……と冷えてしまった頭をもたげたところで、
ズルズル。
ズリズリ、ズル……。
何かが壁を擦るような音が聞こえて、僕はゆっくりとそちらに顔を向けた。
行動が先だったのか、早くも僕の存在に気が付いたのが先だったのか、顔を向けてすぐにまん丸に見開かれた目と目が合う。
ついでに態勢の差から、バルコニーの壁をロッククライミングのごとく蹴りあげ、脱げ掛けた健康サンダルもチラリと。
「えっと、あの、……何、してる、んですか?」
そろりと胸から上の身を乗り出して、可愛らしい顔が僕の全貌を除き混む。
笑いこけたい衝動を必死で堪えて、僕の目線はまたポツリポツリと明かりの灯る方へ。
部屋の電気はバルコニーに出る際に消しておいた。そうしておいたことを正解だったな、と遠くに見える明るい窓を眺めて思った。
暗がりから見る明るい人影は、窓越しに家族構成やら現在の様子やらを切り取って伝えてくる。
現にこのお隣さんもまた、真っ暗な隣のバルコニーを除き混む奇怪な人物として、誰かの目に留まっているのかもしれない。
「あの……?」
アニメにでも出てきそうな子供っぽい声に呼び戻されると、ふわふわした肩までの髪が部屋の逆光を浴びて飴色の綿菓子のように見えた。
「お構い無く」
笑顔を作るのは苦手だが、出来る限り柔和には努めたはずだ。
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