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“あんたと同じことをしようとしてるんだよ。”
……言い掛け、仕舞う。今その手札を出すのは早計だ。
意地悪心が首をもたげるも、それじゃあ僕がまるでストーカーよろしくいつもいつも彼女のことを観察していたみたいじゃないか、と。
お構い無く、の次に続く言葉を僕が選んでいるうちに、バタバタと隣のバルコニーが一瞬だけ騒がしくなって、しん…と静まり返る。
派手な逃げ方をしたもんだ。
深夜になろうって時間に男が一人で真っ暗なバルコニーに座っている。分かるとも。逃げたくもなる。けれども、彼女は通報どころか誰の助けも呼ばない。
それは確信している。
通報すれば彼女もただでは済まないんだから。
隣の掃き出し窓から漏れる灯りは、いつも通りのとても暖かい色。ふんわりと柔らかくて落ち着く色だ。
なのに、聞こえてくる音はいつも僕を苛つかせるものばかり。
だからほんの少しの嫌がらせと仕返し。
今流行りの壁ドンで注意をするのもいいかと思ったが、奇声をあげている女が更に発狂することも考えられたためその案は没。
実際に黙らせたいのが彼女ではないのは重々承知しているが、とりあえず気は済んだので宙を泳がせていた足を上げて部屋へ戻ろうと体を傾ける。
バタバタバタ。
静まったはずの騒音がまたしても。
そしてそれは、心なしか……近付いてくる。
ガチャン!バタバタバタ、
「いやーーーー!!」
……何が嫌なのか聞かせてもらおうか。
八階のバルコニーを跨いだ僕に、しがみつくように突進してきたお隣さん。
転落する気などさらさらなかった僕の心臓が一瞬停止、のち、部屋側へ転落。
勢いに任せて僕に馬乗りになったお隣さんは心肺蘇生するかのような、僕の胸やら腹やらを掴みたいんだか撫でたいんだか判断しづらい動作で揺れている。
「いや!だめ、だめ、だめ!お願いだから、だめだよぅ……」
「……非情に刺激的なアクションありがとうございます」
涙声がボロボロと、彼女の体温を伴って僕の上に降ってくる。
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