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予想外だった。
鍵を掛けてなかったのは迂闊だったとしか言いようがない。
泣きじゃくるお隣さんを真上に仰ぎつつ、申し訳なさなんて微塵も感じていない自分に呆れてしまう。
申し訳ないついでにいうと、もっと泣けとすら思っている。この気持ちの正体は僕の捻曲がった性格からくる意地悪心なんだろうから、本気で心配してくれたらしい彼女には申し訳ない。
申し訳なさを感じなくて、申し訳ない。
「そろそろ、退いていただけますか?」
「……だめ」
「重いです」
「あたしチビだからこれでも軽い方です」
「寒いです」
「冬は寒いの」
「背中、冷たいんです」
ようやく自分が押し倒した事実に気付いたのか、彼女は擦った頬を若干さらに赤らめて、渋々と僕の上からずり落ちる。
が、信用度は低い。
涙を止めたその目線は僕から一時も離れない。
「サラシナさんも寒いでしょう。どうぞ、中に入ってください」
「どうしてあたしの名前を」
「引っ越してきた時にご挨拶させていただいたでしょう?サラシナ、ココロさん」
「……」
その沈黙は、僕の名前を思い出しているのか?それともご挨拶の記憶を辿っているのか?
きょろりきょろりと黒目がちな視線が僕の顔の上を泳ぐ。遅れて小首もなぞる。
「覚えてなくても結構ですよ、気にしないでください」
とうとう苦悶の表情で目を瞑った彼女。まさか本気で覚えていないのか、この女。
「し、しろ」
「は?」
「しろた、……しろさき、違う、えーと、野田、さん?あ、織田さん!」
「……」
「当たった!良かった~」
「……」
一文字も当たってねぇよ、ばーか。
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