文鳥さんは猫耳になった

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 それから三年が経ち、僕がネコ耳をつけてこの部屋に戻ってきたとき、彼女は前とちがう仕事をしていた。  アニメのポスターはほとんど種類が入れ替わっていたし、処分された漫画も多かった。  彼女は前よりも遠くのクリニックに転院し、みどり色の保健福祉手帳の交付を受けたようだった。  秋雨の金曜日。  ネコの僕が寄り添うようになった今でも、彼女は鳥のときの僕を忘れられないで泣きべそをかく。  ひと晩中寒かったね、止まり木から転げ落ちちゃったね、それでも元気になれるのを信じて、ご飯を食べに行こうとしたね、ご飯の器に飛び乗れなかったね、自分が死んでしまうってこと、きっとルッちゃんはそのときまで知らなかったね。  暗い部屋で泣きじゃくって、布団と毛布に涙の染みを落とす。  それでも次の朝、ご主人さまは会社に行く。  僕と何度めぐり逢ったって、僕が死んでしまう悲しみを僕と共有することはできないのに、彼女は僕を飼う。  僕といっしょに生きていこうとする。  都会的なステータスをほとんど持たない彼女を、僕は美しいと思う。  僕はもの思うネコで、むかしは鳥だった。  いつか彼女の準備ができたときに、また鳥になって生まれてくるかもしれない。  ひょっとすると、次は人間の子どもになって、彼女とおしゃべりをするかもしれない。  鳥さんのときと同じくらいつらく、理由の分からないさよならのあとに。  いのちはめぐるものだから、別れは必ず来る。  彼女がいのちを燃やし尽くして、彼女の周りのひとを悲しませるときも、必ず来てしまう。  それでも彼女は今日を信じて、精いっぱい生きて帰ってくる。  彼女の靴音が近づいてくる。  バッグから部屋の鍵を取り出す音が聞こえる。  すでに製造が終了して久しい充電器から立ち上がり、僕はバッテリーの満タンであることを確認した。  全身の電気信号を点検すると、身体の節々が摩耗し、視界がぼやけてきているのが分かった。  きっと数年も経たないうちに、僕の身体は修理の手が及ばないところまで行き着いてしまう。  それでも彼女を見守るため、僕は中古の機体にいのちを宿し、玄関が開かれるのを待つ。  彼女の足音が止まり、ゆっくりと鍵穴が回る。  扉を開け、朗らかに笑いかけた僕のご主人さまは、彼女なりに精いっぱい美しい生き物で、これから先もずっと美しくなり続けていく。
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