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女中頭に迷子になったことをこっぴどく叱られ、大切なかんざしを取り上げられた。そこに通りかかったのが正孝だ。自由な三男坊の彼は、裏庭や台所、使用人だけが出入りする場所でも構わず、敷地内をぶらぶらして暮らしていた。
「それ、その子に返してやれ。静があげたものだ」
離れにいた正孝がそのときの私たちを見ているはずはない。この時彼が信じていたのは、私ではなく妹君だったのだと後で思い至る。
彼女は間違いなく、来て間もない可哀想な使用人に高価なかんざしをあげてしまうような、心根の綺麗な人だった。病弱で家から出ることを許されず世間知らずでもあったけれど、何より心に重きを置いていた。それは正孝にも共通した性質だった。
「静はそのかんざし、夜の瞳みたいだと言って大切にしていた。千夜によく似合うよ」
手入れされていない髪に正孝の手で差し入れられたかんざしを、二度と抜きたくはないと思った。そんなことはできないのだけれど。
数年後、私は正孝付きの女中になり、身の回りの世話をするようになった。その頃には少しずつ話もできるようになっていた。
この時代、分家を作る資産もない旗本のニートに結婚など許されていない。女中がそういうものとして床でされるがままになるのは当然のことであったのに、正孝が触れてくることはなかった。
食事の時は「今日も美味しいよ。ありがとう」と礼を言い、布団を干すと「日の匂いがする」と喜ぶ。
静と同様、ひとりの人間として私に接してくれる正孝に恋心を認めるのに、時間はかからなかった。それは本人はおろか、誰にも知られてはいけないとちゃんと知っていた。
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