千の夜を越える猫

13/13
前へ
/13ページ
次へ
* * * 「ずいぶんと口が悪くなって、すぐには千夜と気づかなかった 」 「そりゃ、もう長いこと時が過ぎたから…でも、どうして気づいた?」 「姿が変わってもね、わかるものだよ。千夜が一番俺の近くにいたからな。それにしても、どうして猫になったんだ」 強く願った。猫の姿でいいから、正孝のそばにいたいと。 何百年も思い続けて、こっそり近くにいるなんて、それじゃストーカーじゃないか。それも超重度の。そんなこと言えない。 誤魔化すようにふいと顎をあげ、視線を逸らす。古い裸電球の光がちらつくのを意味もなく見つめる。簡単には逃がしてくれず、両脇を掴まれ、軽々と抱き上げられてしまう。 「明日は職安とやらに行く」 「どういう風の吹きまわしだ」 「思い出したからだ。こうやって千夜を抱えて火の中を走ったことを」 ぎゅっと抱きしめられ、額に頬がすり寄せられた。やっぱり猫だから、涙は出なかった。 「俺は明日からなんとか自分でやってみる。お前は人間に戻れるように自分のために祈るんだ。猫になれたんだから、人間にもなれるだろ」 「なんでだ?」 正孝のそばにいられるなら、私は猫でもいいのだが。 「人間の千夜の顔が見たいから」 その言葉に、私は大いに照れて正孝の肩に爪を立てた。 「痛いっ。なんで引っ掻くの」 嬉しいからだ、とは言わない。代わりに甘ったるく、にゃぁんと鳴いた。 fin. 2016 冬
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加