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* * *
「ずいぶんと口が悪くなって、すぐには千夜と気づかなかった 」
「そりゃ、もう長いこと時が過ぎたから…でも、どうして気づいた?」
「姿が変わってもね、わかるものだよ。千夜が一番俺の近くにいたからな。それにしても、どうして猫になったんだ」
強く願った。猫の姿でいいから、正孝のそばにいたいと。
何百年も思い続けて、こっそり近くにいるなんて、それじゃストーカーじゃないか。それも超重度の。そんなこと言えない。
誤魔化すようにふいと顎をあげ、視線を逸らす。古い裸電球の光がちらつくのを意味もなく見つめる。簡単には逃がしてくれず、両脇を掴まれ、軽々と抱き上げられてしまう。
「明日は職安とやらに行く」
「どういう風の吹きまわしだ」
「思い出したからだ。こうやって千夜を抱えて火の中を走ったことを」
ぎゅっと抱きしめられ、額に頬がすり寄せられた。やっぱり猫だから、涙は出なかった。
「俺は明日からなんとか自分でやってみる。お前は人間に戻れるように自分のために祈るんだ。猫になれたんだから、人間にもなれるだろ」
「なんでだ?」
正孝のそばにいられるなら、私は猫でもいいのだが。
「人間の千夜の顔が見たいから」
その言葉に、私は大いに照れて正孝の肩に爪を立てた。
「痛いっ。なんで引っ掻くの」
嬉しいからだ、とは言わない。代わりに甘ったるく、にゃぁんと鳴いた。
fin.
2016 冬
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