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第1章
ウォーレンは亡くなる数ヵ月前に、マックスの誕生日に備えて、ある場所を用意していた。
『ブルレック』。セレブ御用達の老舗フレンチレストランで、季節によっては半年前の予約もままならない有名店だ。
今、社長室の、革張りの豪勢な椅子に小さく収まっているマックスの目の前に、秘書課のチェリーが満身の笑みで佇んでいた。歳はおそらく40歳前後、いつも背の高いヒールを履き、髪を一糸の乱れもなく束ね、均整の取れた体にピッタリのダークなスーツを着ている。彼女を美しく見せているのは、女優が秘書を演じているかのような立ち居振る舞いだ。
「どうしますか?11月30日、ウォーレンの予約…キャンセルする?」
「あ、いや…」
マックスは久しぶりにウォーレンの名前を聞いて、何故だか言葉が出てこなかった。
少しビックリしてしまったのだ。
ウォーレンは二カ月前に亡くなった前社長で、マックスの養父だ。
とても、愛していた。いや、今も、誰よりも何よりもウォーレンを愛している。
そのウォーレンが、亡くなる前にマックスの為にレストランを予約してくれていたのだ。
「どうします?またかけ直すって言ったんだけど…」
「あ、あぁ…」
マックスは言葉の代わりに小刻みに首を縦に振った。
「じゃあ、行くって言っておくわね」
チェリーは部屋を出かけてから、何かを思い出したように振り向いた。
「3名の予約のままでいい?」
「あ、うん、とりあえず…」
マックスはまだ呆然とした頭のままうなずいた。
「ブルレックは女性同伴じゃなきゃダメよ」
チェリーはにこやかにそう言うと、部屋を出て行った。
マックスは、ウォーレンの愛情を感じながらも、ふと、…3名…というのが引っかかった。
ウォーレンは、誰か女を連れて行くつもりだったのだ。
ため息をついた。
死んでからもまた改めて振られた気分だ。
分かっている。後の一人は、ウォーレンの彼女だった女の席だ。
彼女も死んでしまった。
ウォーレンが生きていれば文句の一つでも言えたのに…。
文句を言えば、ウォーレンはどうしただろう…。笑って、二人で行くと言ってくれただろうか…。
最愛の人がいない寂しさが込み上げてくる。
この数ヵ月、ウォーレンを思い出さない日は一度もなかった。辛い日は勿論、楽しい日も平穏な日も、いつでもウォーレンが頭から離れない。
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