1 朝のパン屋で

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 時刻は午前七時四十分。お店のドアをそっと押し開ける。 「おはようございまーす」  カラン、カランとドア上の小さな鐘が申し訳程度に鳴った。  ふわり。  バターの香ばしい匂いが、波となって押し寄せてくる。  目の前に広がる、よく焼けた小麦色。  顔も自然にほころぶというものだ。  クリーム色のトレイとトングをそれぞれ手に持つ。トングをカチカチするのも忘れない。  ちょうど、奥の焼き場で、新たなパンが焼き上げられたところのようだ。窯から取り出された板に整然と並ぶ、ころんと丸いフォルム。てっぺんに、ちらりと見える赤色。 「あ、あれは!」  胸がときめく。  私の大好物、十和田家における通称”ホノカパン”こと、トマトカレーパン! 「ふふふふふ」  あんなにたくさんのホノカパンを食べられたら、その日は一日中しあわせであること、間違いなしだ。  おっといけない。はやく今日のお目当てを手に入れなくては。  「いらっしゃいませ」とパン屋の奥さんが売り場に顔をのぞかせる。バターロールを思い起こさせる声に、私は振り向いた。  ゆるみきった顔のまま、にへらと笑う。しかたない。あんなにいっぱいのホノカパンを見てしまったんだもの。 「おはようです、しおりさーん」 「今日はホノカちゃんが来てくれたの。トマトカレーパン、焼きたてのあげるからね」 「わああああ! ありがとうございますです!」  十和田家では、パン屋におつかいに行った際、好きなパンを一つだけ買ってもいいというルールがある。私は当然、ホノカパン一択。  奥さんは、くるりと焼き場に戻っていった。
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