六、契約

2/3
前へ
/21ページ
次へ
「すべて、って……。」 「すべてだよ。躰も、心も、わたしの時間も、命も、魂も、すべてをあげる。」 ミルファーレンは絶句した。 まさか、そこまで言うとは。 ああ、成る程確かにこれは。納得せざるを得ない。 ミルファーレンは苦虫を噛み潰したような顔でアリスエルダの後ろの国主の息子を睨みつける。 国主の息子はそれに音を立てて笑った。 「納得しただろう?」 「ミルファーレン。」 傲慢な国主の息子の声に被さる不安そうなアリスエルダの声。 それを無視するなんてミルファーレンには到底できなかった。 「………わかった、わかったよ。契約しよう、アリスエルダ。君は何を望む?」 アリスエルダは喜色満面。 檻がなければ今すぐミルファーレンに抱きついていただろう。 「わたしが死ぬまで、ずっと一緒にいること。」 アリスエルダは笑う。 けれどミルファーレンにはその言葉の本当の意味が透けて見えた。 先ほど彼女はなんて言った? 対価に何を差し出すと? つまり、アリスエルダは。 一緒に生きたくなくなったら殺していいよと、そういうことを言っている。 ミルファーレンは何だか哀しくて悲しくて、けれど悔しくて苛立って、歯を噛み締めた。 「契約をしよう、アリスエルダ。ずっと一緒にいる代わりに、対価として君のすべてをもらう。それでいいんだね?」 「うん!」 嗚呼本当に可愛そうなアリスエルダ。 君にはきっともっと違う輝かしい未来だってあったはずなのに。 「ミルファーレン。」 そんなミルファーレンの心中に気がついてか、それとも何もわかっていないのか、アリスエルダは花が綻ぶような綺麗なうつくしい笑顔で言う。 「契約をしてくれて、ありがとう。」 「……っ、」 さあ、ここに契約は成された。 そして彼はもう一つの自分の姿を取り戻す。 割れるような音と共に、アリスエルダはきつくきつく、抱き締められた。 「ごめんね、ごめんねアリスエルダ。それでも僕は君と生きられるのはとても嬉しいよ。」 「ぁ、みる、ふぁーれん……?」 だろうか?本当に? アリスエルダは呆然として自分を抱きしめるひとの顔を見上げた。 黄金の瞳と、中でちろちろと揺れる紅い焔。彼だ。ミルファーレンだ。 真実、そうだ。そうとしか言えない。 けれど彼は狼ではなくなっていた。20過ぎくらいの青年の姿なのだ。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加