惜しい男のチャーハン

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「ヨシコサァアンっ!! ンフッファァァっ!! チャーハンワァーっ、トテモトテモオイシィーワケデーェっ!! アァアンっ!! イマカラァーっ、ココロコメマシテーェっ!! ツクリタイトォーっ!! オモイマスゥーっファァァっ!! アァアンっ!!」  人が変わるというのはまさにこの事だろうと思う。  大学の頃からの知り合いで、最近つき合い始めたイケメンの小笠原浩一郎は、通常モードであるならば、まさに理想の交際相手と言える人だった。  31歳という若さでIT関連企業の役員だったし、容姿端麗、質実剛健、地位もあれば身長もあり名誉もある。  数々のスポーツをそつなくこなし、穏やかな性格は遠巻きに見守る乙女たちの憧れの的であるとは友人の話。  長い間、恋人は折らず、実はゲイなんじゃないかと噂されている事もあったのだけど、三十過ぎの私からしてみれば、文句の付け所の無い相手であった。  そんな彼がチャーハン狂であると言う事を知るまでに、つき合い始めてからそう長い時間はかからなかった。  会社の役員という立場にあり、それなりの収入がある彼が暮らすマンションは、明日からでも嫁に来れそうなくらい広かった。  私はカウンターキッチンの端に座っている。  「なんでチャーハンに対する熱い思いを、失職した某市議会議員風に言うの?」  何の捻りもなく私は彼に聞いてみた。  「チャーハンで大切なのは熱量と段取りなんだ。某元市議会議員の記者会見にはその熱量があったんだよ。その熱量は食欲を煽るのさ」  「それはきっと哀しいくらい気のせいだと思うけど」  「気のせいじゃありませ~ん!! 大切なのは俺がどう感じるかって事だから。それより、この間の話考えてくれただろうか?」  かれは少し恥ずかしそうに、長ネギを切り始めた。  一週間前、私は彼にプロポーズされた。  私は自分で小さいながらも商売をしているし、料理も全くできなければ、家事も基本的に何もできないのだけれど、それでもいいのかと私が聞くと、彼は自分がやるので問題ないと言ってくれていた。  ちょっと変わったところのある人だけど、断る理由などありえない。  だから私は言った。  「一日三食チャーハンは嫌よ」  彼はその言葉を聞くと、顔色を変えて怒鳴った。  「ふざけるな、このクソ売女!! チャーハンを何だと思ってやがる!! てめぇに喰わせるチャーハンはねぇっ!!」
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