彼女が眼鏡をかける理由

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彼女が眼鏡をかける理由

ふと、向かい合った机越しに見上げた、彼女の顔にかかるシンプルな鈍い銀色のフレームを見つめる。 おおよそ、彼女はそこまで目は悪くないはずで(少なくとも俺が知っている限り)、気が付いたら掛けるようになったその眼鏡姿も、存外悪くないものだった。 毛の細い髪を丁寧に三つに編み込み、目立たないゴムで縛り上げ、わりと可愛いと評判の我が校の制服すら規則正しく膝下に着こなす様。 極め付けに鈍色のフレーム眼鏡ときたら、勤勉な女学生を絵に描いたような姿だろう。 少なくとも、小学校、中学校と共にしている俺自身、今の彼女の姿には驚いたものだ。 今まで活発的なバレー部での活躍を目にしていた俺は、入学式にその姿を探して見つからず首を傾げたものである。 それが、今や三年生の冬、あれからすでに三年の月日が流れ、見慣れた彼女の華麗なる転身はもはや、色味のない委員長という役を、与えられたままに演じているように見えた。 その変貌の理由を、俺はまだ聞けてはいない。 「手、止まってるけど」 しん、と静まり返った図書室に彼女の声が染み込んだ。わずかに聞こえる暖房の、古ぼけた排気音だけが今の環境音と化し、それにすら負けるような彼女の声が どこかもどかしい。昔は、そんなか細い声で話さなかったくせに、と彼女を見返せば、ガラス越しの大きな瞳が瞬いた。 「ああ、ちょっと考え事。気にすんなよ、どこまで進めた?」 話題を逸らすことが明け透けなのか、彼女はその様に露骨にため息を零し、ややあってちらりと俺の問題集を一瞥する。 問題集の進捗は火を見るよりも明らかで、本日2度目のため息を零すと、彼女はシャープペンシルをそっとレポート用紙に横たえた。 「どうしたっていうの?そんなに集中できないようなことがあったなら、話ぐらいは聞くけど」 頬杖をついて、わずかにズレた眼鏡のつるを小さく直す彼女は、呆れた声音でそう口にする。 まさか、お前のことを考えていた、なんて言えるはずもなく口ごもる俺に、彼女のレンズ越しの冷ややかな視線は容赦なく俺を貫いた。
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