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通称教授部屋と呼よばれる10畳はあろうかという豪華な設えの部屋は大学部の建物の中でも見晴しの良い南向きの場所を陣取っていた。
その部屋の並びの中央辺りに脳神経外科教授である佐野の部屋はあった。
窓際に置かれた重厚なデスクに座る佐野教授は葉巻をくゆらせていた。
3時間半に及んだ大手術を成功させ今夜は機嫌よく妻とディナーを、という彼の計画は教え子からのとんでもない依頼に頓挫した。
まったく、と葉巻をくわえ直しながら机上のレントゲン写真を取り上げた佐野は部屋の天井灯にかざしそれを眺めた。
よくこの一枚からあそこまで読み解いたな、と感慨深げに煙を吐き出した。
――僕の見立てに誤りがなければ。
アイツがああ言う時は自信がある時だ――佐野は忍のその才能に改めて感服した。
忍には、研修医時代にたった一枚のレントゲンと触診で患者の膵臓がんを見つけた、という逸話があった。
その他にも学生時代から彼が残した伝説を挙げれば枚挙にいとまがない。
まだ30だ。このまま‘ここ’にいては埋もれてしまう……と佐野が葉巻の煙に目を細めた時、ドアがノックされた。
「緒方です」
ドアの向こうから落ち着いた声が聞こえた。
「入れ」
佐野がそう答えると、静かにドアが開き、失礼します、と入ってきた忍が深々と頭を下げた。
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