遠い記憶

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「佐野先生、今日は僕の不躾極まりない申し出をお聞き入れいただきありがとうございました」  先手を打たれた、と佐野は苦笑いした。 そう先に言われてしまうともう何も言えないではないか、と。 「いや……結果的にクランケが助かったのだ、構わんよ」  ハハハ……と笑うしかなかった。 顔を上げた忍が不敵に笑う。 「さすが佐野先生です。 先生は常日頃、大きなオペを終えた後は一種の興奮状態に陥って中々帰る気にはなれない、とおっしゃられておりましたから、もう一つオペをお願いしても必ず請け負ってくださると踏んだ次第です」  佐野はくわえていた葉巻を落としそうになった。 忍は優美に微笑んでいる。 その笑顔の下に隠された感情は、白い巨塔と言われる医学部の教授、脳外科医局長という地位に上り詰めた百戦錬磨の策士にも読めなかった。 貴公子然としたその姿の中に、計り知れない芯の強さがある事は見て取れたが。 野心があるのかないのか、それすら覗わせないなかった。  忍のペースに呑み込まれつつある事を察知し、気を取り直した佐野は葉巻をデスクの上の灰皿に置いた。
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