急接近

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 綺麗に磨かれたフローリングのリビング。 東側の壁は一面ガラス張りになっており、その前には大きなグランドピアノが置かれていた。  熱はすっかり下がったが、やはり風邪の為か喉の痛みが少し残っており、講義もレッス ンもない土曜日、美羽はゆっくり家で過ごす事にしていた。  ゆっくり……とはいっても、音楽大学に学ぶ美羽は、こんな日は大抵一日ピアノを弾いて過ごす。 指ならしのエチュードから軽くこなし、後期の課題となっている曲に移ってゆく。 しなやかに流れるように美羽の指が鍵盤の上で躍っていた。  美羽にピアノの手ほどきをしたのは奈緒だった。 ――そうよ、美羽。上手ね。  そう言い微笑みかけてくれた母。 その笑顔を見たのはいつが最後だったろうか。 フッとそんな事を考えた美羽の、鍵盤の上を滑らかに動いていた指が滞った。
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