急接近

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 小学校に上がる前に亡くなった実母は、美羽が物心ついた頃には入退院を繰り返しており、密に触れ合う時間はほとんどなかった。 美羽にとって母は奈緒一人だった。その奈緒からもらった幼い日の温もりは、今でも揺るがない思い出として美羽の中に存在していた。  身体の弱かった美羽は、奈緒が手ほどきをしてくれたピアノを心の支えとして育ってきた。 奈緒が褒めてくれる事が何よりも嬉しく、頑張った。 しかし、美羽のピアノへ傾斜していった情熱と反比例するかのごとく、奈緒との間に距離ができていった。 知らぬ間に入った距離という隔たりは亀裂となり、それは修復の方法も分からぬまま見る間に深まり、奈落のような闇となっていた。  奈緒との間に存在する厚い壁。 その壁が出来た理由を必死に探ってきた美羽だったが、母に愛されようと従順に生きてきた彼女が初めて譲らなかったものが起因している事に最近気づいた。  ピアノ――。  音楽大学に進みたい、そう言った高校生の時だった。 「女の子がそんなに勉強してどうするの。美羽は高校卒業したらお嫁に行くのよ。ピアノなんて趣味程度に留めておきなさい」  奈緒にそう言われたが、美羽は、ピアノだけは、譲れなかった。
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