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屋敷の南側は茶畑が遥か遠くまで広がり遮るものが無かった。
蒼く茂る緑の葉。
遥か向こうまで青い畝が続いていた。
この広大な茶畑を所有するお茶農家は緒方家の本家だった。
美羽の祖父、大介は、そのお茶農家から分家に出た時に、先々代の当主が譲り受けた土地を元手に不動産会社を興し、たった一代で県下屈指の会社にした。
しかし今、緒方家はその後継者の事で揺れていた。
跡取りである孫息子は三人もいるというのに、傲慢でワンマンな現当主である大介とは皆そりが合わず、誰一人としてこの家を継ぐつもりは無い。
三人の兄弟の父である和也が婿養子である事がまた、事態を複雑にしていた。
美羽は祖父や父、そして兄達の複雑な人間模様を知らない訳ではない。
幼い頃から肌で感じてきた。
ただ彼女は、無力な自分は黙っていなければいけない、そう心得ていた。
祖父も、血縁関係のない父も、兄達も、皆優しかったのだが、心の何処かで、この家族の中で自分だけが異端児、という疎外感を感じ、自分の中で無意識に線を引いていたのかもしれなかった。
だから、ピアノにのめり込んでいった。
ピアノを弾く事が、自分を表現する手段だった。
生きている事を感じる術だった。
ピアノは、自分にとって不変のもの。
そう思っていた。
しかしそんな美羽の気持ちをあざ笑うかのように、高校3年の秋、あの事故が起きたのだ――。
集中力も練習意欲も削がれてしまった美羽は、のろのろとキッチンに向かった。
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