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シフト上では、夜勤は午前中に上がるようになっているのだが、その通りに上がれたためしはない。
今日も、病院を出た時には太陽は西に傾き、影が長く伸びる時間となっていた。
忍は車に乗り込むと、馴染みの花屋に頼んでいた花束を取りに行き、ある場所に向かった。
市街地から離れた県境。
緑豊かな山林と湖を望む小高い丘の斜面には、観音様、と親しまれる大きな寺があった。
その寺院の駐車場に忍は車を停めた。
寺の境内脇にある砂利の駐車場は、高い杉の木々に囲まれ日の光が遮られ、薄暗い。
しかし、この近辺は散策地としても有名な為、ウォーキング等に講じる壮年、熟年夫婦の姿が多く見受けられた。
忍は境内にある水場で柄杓を借り、傍に並ぶ桶を模ったプラスチック製のバケツの中から緒方家と大きく書かれたものを取り、水を汲んだ。
そして、本堂の脇に並ぶ水子の像に立ち、手を合わせ一礼した忍は、奥の階段を上って行った。
本堂裏手の斜面には霊園が拡がる。紅葉が始まる直前といった山々と、メロンパンと呼ばれるドーム球場の屋根、遊園地の観覧者が見える見晴の良いこの霊園の一等地に緒方家の墓があった。
そこは、美羽の母、紗羽が眠る場所。
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