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自らの意識の奥底にしまってあった胸に切なく迫ってくるようなセピア色の記憶が、2、3日前からちらつくのは、彼女の命日が近いせいか、と忍は電話をしながら窓の外を見ていた。
黄金色に色づき始めていた背の高い銀杏の木が秋風に揺れていた。
ICUから少し離れたロビーで、電話をしていた忍は、通話が終わるとその主電源も落とした。
プライベートの携帯は本来、勤務中には持ち歩かないのだが気がかりな事がある時は致し方ない。
気がかり――、紗羽が亡くなったこの時期の、彼女の体調不良に忍はどうしても神経質になる。
紗羽の娘だからか? 忍は電源を切った携帯を見つめていた。
紗羽に似てくる彼女を見守り続ける事に、漠然とした不安を覚えていた。
その不安の正体は、突き詰めればはっきりとする事は分かっている。
しかし、それをはっきりとさせる事を無意識に避けている自分を、彼は自覚していた。
小さく息をついた忍が、携帯をスラックスのポケットにしまい、顔を上げた時。
「緒方先生、よかった、そこにいらしたんですね」
ICUの自動扉が開き、そこから飛び出して来た看護師が声を上げた。
彼女は息を切らせながら言う。
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