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「誰かに見られたら、事ですよ」
忍は、縋るように背中にしがみつく綾子を無下に振り払ったりはせず、一度開けたドアを閉め、静かに言った。
振り向かない忍の背中に顔を埋めたまま、綾子は答えた。
「構わないわ」
嵐の音が遠来のように聞こえる空間で、二人は暫し沈黙した。
その沈黙を、忍が破る。
「綾子先生は、そんな我儘を言って俺を困らせる人ではない筈です」
勘のいい綾子には、忍の、低く穏やかな声の中にしっかりと拒否の意志が詰まっている事は分かった。
それでも、その手を離せずにいると。
「今夜は……駄目なんですよ……」
僅かながら苦しげな響きが混じっているように聞こえた忍の声に、ハッとした綾子は掴んでいた手を緩めた。
「忍君……?」
綾子の手から解放された忍は振り向くとジャケットを脱ぎ、それを彼女の肩に羽織らせた。
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