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それは、忍が小学3年になって間もなく。
強い風が吹き、横殴りの雨が降る初夏の事だった。
「紗羽が妊娠!?」
学校から帰り、濡れたランドセルを玄関で下ろし、傍にあった雑巾で拭いていた忍の耳に、母の鋭い声が聞こえた。
母の奈緒の苛立った声は奥のリビングからだった。
「相手は誰なのよ!」
「奈緒、少し声を落としなさい」
それを諌める祖父の声も聞こえてきた。
リビングのただならぬ雰囲気に、忍は息をひそめ廊下から様子を伺っていた。
「相手は分からない。
紗羽は頑として言わないのだ。
しかし……一体いつの間に……。
紗羽にはそんな男など……」
祖父の困惑ぶりが部屋の中を覗かずとも窺えた。
「それで? 紗羽はまさか生むとか言わないわよね」
それがな……と祖父が言い淀む。
奈緒の声が一段と高くなった。
「あんな身体で生める訳ないじゃない!
お父さん、ダメよ! 生ませたら!」
聡明な忍は、この家の中で複雑に絡み合う大人達の関係を敏感に感じとり、その場をそっと後にした。
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