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アドレスから引き出した電話番号にかけると、数回の呼び出し音の後本人が出た。
「なんだよ母さん」
電話の向こうからは訝しがる低い声が聞こえた。
「篤、ちょっとお願いがあるのよ。今いい?」
奈緒が掛けたのは、次男の篤だった。
「いい? っつたって……。
今夜はこんな天気だから工場の見回りに駆り出されて泊まり込みなんだよ」
篤は隣市にある大手自動車メーカーの工場に勤務していた。
「なによ、仕事中なの?」
私の頼みが聞けないの、とでも言いたげなあからさまな不満声で言った奈緒に、篤は呆れ気味に答える。
「あのさ、自分中心に地球が回ってるみたいな考え方からいい加減脱却してくれよ、まったく……。
で、頼みたい事ってのは何だったわけ?」
もういいわ、と言いかけた奈緒だったが……そうだ、と閃く。
「ちょっと家の事が気になったから篤に見にいってもらおうと思ったのよ。
見にいけないんなら、電話だけでも入れておいてくれない?」
そう、篤に電話をさせればいい。
何事も無ければそれで済むのだから。
奈緒はそんな事を考えたのだが――
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