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「ああ、それなら……。
さっき親父から同じような事言われて、うちに電話したら兄貴が出た。
心配いらないってよ」
その言葉に奈緒は固まった。
少し前に美羽に掛けた情けのような感情が一気に引いて行くのを感じた。
抜かったわ、と奈緒の胸を汚泥のような黒い感情が覆う。
多忙な仕事にため、シフトなど関係なく家に帰らぬ事の方が多い忍。
その彼がよりにもよって今夜家に戻るなど、奈緒は考えてもいなかった。
忍は、美羽の様子に気付いただろうか、美羽は何か話しただろうか、そんな不安が一気に奈緒の中を駆け巡る。
まるで取りつかれたかのように次の手を考える奈緒に、篤が言った。
「なぁ、母さん。前から言おうと思っていたんだけどさ、あんま美羽をいじめんなよ」
母と面と向かって話す機会の少ない篤が、この時を機会に、と言っただけの言葉だったのだろう。
しかし、奈緒にとってみればあまりにタイムリーな、微かに残っていたであろう‘罪悪感’を粉砕するに余りあるパワーを持った言葉だった。
電話の向こうの篤には見えないが、冷徹な微笑を浮かべた奈緒。
「まぁ、聞き捨てならない事言うのね。
そんな事、あの子が篤に言うの?」
冷え切った感情の無い声でそう言った。
顔は見えなくともその声からただならぬ雰囲気を察知した篤は少しむきになって言い返した。
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