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「緒方さん」
いきなり名を呼ばれ、美羽は顔を上げた。
黒板前に立つ、ベスト姿の洗練された紳士、黛がにっこりと微笑みながらこちらを見ていた。
この、黛陸也の和声の講義はまさに、居眠りなど出来ない講義だった。
それは――
「この課題にカデンツ付けてもらっていいかな」
大講義室の講義と違い、人数が少ない為、突然難問を振られる為だ。
黒板の五線譜にはト音譜とヘ音譜。
そこに一音ずつの音符が一見無秩序に並んでいた。
和声、とは無機質に並ぶ一音一音に、規則にそった和音を付けて息を吹き込み、色を、音楽を作っていくもの。
そこには作る側のセンスも出る。皆、その黒板に書かれた譜をノートに写し、自らの絶対音感を駆使して頭の中で音を作る。
「あ、えと」
慌てて立ち上がった美羽に黛は
「前に出て弾いてみてください。嬰ハ長調でドビュッシー調に」
ニコニコ顔で事も無げに言った。
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