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忍の重い言葉が香織の心に染み渡る。
交わした約束は数年前の再会の時だった。
香織の労苦は、その家庭にあった。
彼女は市内でも有名な老舗呉服屋の嫁だった。
厳しい義理両親と共に暮らしながらも、仕事だけは、と続けていた。
しかし子供が生まれた事を機に仕事を辞め、追い詰められていった彼女はキッチンドリンカーとなっていたのだ。
アルコール中毒患者として運ばれてきた香織と再会した忍は、彼女が置かれた環境を熟慮した上でこう言った。
――もうそんなに頑張り過ぎないでください。
僕と約束してください。自分を大切にすると。
あの時は忍はまだ研修医だった。
その彼が今、一人の立派な医師として香織の目の前にいた。
布団からそっと顔を出した香織に、忍は優しく微笑みかけた。
「でも、そんな患者さんと対峙した時に一筋の光をなってくれるのが、家族です。
助けてください、と懇願する家族の存在なんです。
先生には、あんなに大事にしてくれるご主人と、お子さんがいる」
昨夜運ばれてきた時に、泣いて傍から離れない家族がいた、と忍は賢吾から聞いていた。それは、数年前も同じだった。
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