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忍は一語一語噛みしめながらゆっくりと香織に話す。
「大切な家族の為に、自分を大事にしてください――」
言葉を締めようとした時、香織の手が伸び、傍に立っていた忍の手を掴んだ。
伸ばした腕に隠れて彼女の顔は見えないが、緒方君……と呼ぶ小さな声が聞こえた。
香織の手からは温もりと深い想いが伝わるような気がした。
忍は、香織の手にもう一方の手を重ね、優しく握りしめた。
「先生を愛して守ってあげられるのは、僕じゃない――」
その言葉は、忍自身の中に深い杭を打ち込んだ。
大切な人は愛する事を知る前に失った。
初めて恋い焦がれた人は、愛してはいけない人だった。
自分は、大切にしたい人が苦しむ姿をみても助ける力がなかったのだ。
一生晴れることのない悔しさが忍の胸を過った時、掌に感じていた香織の手の温もりが、フワリと別の何かを彼の中に生まれさせた。
目を閉じ深呼吸をした忍の瞼の裏に浮かぶのは、4年前の美羽の姿。耳朶に蘇ったのは、彼女の言葉。
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