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「あーっ、ちっくしょう!」
誰もいない喫煙室で一人タバコを吸っていた賢吾は、苛立たしげに頭を掻いた。
思い出せば思い出すほど賢吾の胸に込み上げるのは、悔しさとも、焦りとも、苛立ちとも表現し難い、言いようのないグレーな感情だった。
数日前、佐野教授と話しをした時に言い当てられた綾子への感情。
それだけでも、抜かった、と悔やむ気持ちで一杯だったというのに、昨夜は言葉巧みに連れて行かれた酒の席で、事もあろうに、綾子の父である辻教授の前で佐野教授は――。
賢吾はくわえていたタバコをギュッと噛み潰した。
辻教授は、ずっとお気に入りだった賢吾が、自分の娘に気が合った、とあって終始ご機嫌だった。
彼は「僕に任せなさい」とまで言った。
「そんな事、望んでねーよ」
腹立たしげに吐き捨てた賢吾はタバコを灰皿に乱暴に押し付けた。
自分の恋慕、自分で片をつけないでどうする。
賢吾は窓の外に視線をやった。
冬の花、パンジーやビオラが花壇で可憐に咲いていた。
そこに、綾子の姿が重なった。
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