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綾子に、どんな形で伝わっただろうか。
まるで、自分が教授達に何かを頼んだ、等と思われやしないか。
そんな事を考えてしまうと、彼女に会う自信すら失いそうになる。
仕事はバリバリ熟す敏腕外科医も、恋愛の事となると臆病な一人の男だった。
「あんなに酒が不味いと思ったのは初めてだったな」
もう一本吸ってから戻ろうとタバコをくわえた賢吾は昨の事を思い返した。
しがない勤務医にはとても手の出ない酒が出される高級クラブ。
呑んでも呑んでも少しも酔えず、冴えて行く一方だった。
しかし、酒量に身体は正直だ。
今朝は朝から二日酔いと思われる頭痛に苦しめられていた。
今日はオペの予定が一件も入っていないのが幸いだった。
「よお、館山」
煙を吐き出した時、喫煙室のドアが開き、一期上の眼科勤務医の諏訪が入って来た。
縁なしメガネに知的な風貌の彼に、賢吾はタバコをくわえたまま手を挙げた。
「聞いたぜ」
諏訪は、賢吾の近くに来ると、タバコを一本取り出しくわえた。
「何をだよ」
不機嫌に答える賢吾に諏訪が楽しそうに言った。
「昨夜、B医大の二大巨塔が脳外のエース館山を連れて呑みに行った、ってハナシ。
うちの医局で面白半分でみんな興味津々だ」
「なんでもう眼科にまで知られてるんだよ」
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