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後部座席に座る忍は、まだ四歳になったばかりの幼い美羽を膝の上に抱いたまま、顔を手で覆い、動かなかった。
その指の隙間から、零れ落ちる涙が見えた。
「おにいちゃん、ないてるの? どこか、いたいの?」
不安に思った美羽はあの時、そう聞いた。
その問いに兄は何か答えていた。
幼かった自分には少し難しい言葉だったから、記憶は埋もれたままだったのだ。
美羽は、あの時の忍の言葉を繰り寄せようとこめかみに手を当てた時、甘く響く声が、耳朶に蘇った。
――悔しいんだよ。
それだ、と、美羽はのろのろと起き上がった。
兄はあの時、確かにそう言った。
何が悔しかったのだろう。
美羽は、カーテンを閉めていなかった窓を見た。
その外に拡がる茶畑は夜の帳が落ち、闇に呑まれ真っ暗だった。
空には細くかけた月が浮かぶ。
美羽は、その月をぼんやりと見つめながら、考えていた。
あの頃、まだ母が生きていた。
実母の記憶はあまりなかった美羽だったが、入院していた母の元にいた自分を、兄が幾度か迎えにきた事はうっすらと覚えていた。
あれは、その帰りだったのではないだろうか。
兄と母、紗羽との間で、どんな会話が交わされたのだろう。
なにがあったのだろう。
兄は、何らかの無念に、涙を流す程胸を痛めたのか。
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