34人が本棚に入れています
本棚に追加
お疲れ様です、と声を掛ける守衛に会釈をし、玄関から外に出た綾子は真っ先に電話を掛けていた。
しかし、その相手が電話に出る事はなく、留守電になった。
ピンク色のカバーケースをした携帯電話の画面が日の光を反射し、綾子の手のひらで寂しげに光っていた。
小さくため息をついた綾子はそれをバッグにしまう。
浮き立つ心が急速に萎んでいくのを感じながら、彼女はゆっくり歩き出した。
冬の昼下がりの陽射しがアスファルトに優しい照り返しを作っていた。
少し前。早めに仕事を切り上げ、今日は帰ろうと更衣室に向かっていた綾子は廊下で循環器内科の後輩医師に会った。
「循内は今日も忙しいの?」
綾子はそれとなく、さり気なく、後輩医師に聞いた。
彼は、いや、と答える。
「今日は落ち着いてますね。
だからずっと休みなしだった緒方をさっき帰しました。
でもこんな時に限って急患が入ったりするんですよね」
頭を掻きながらハハハと笑った後輩医師に、綾子はフフと笑った。
「じゃぁ、頼りになる緒方先生を帰した事後悔するような事がおきないよう祈ってるわ」
「あれ、なんか心外だなぁ、俺だってヤツほどではなくても頼りになりますよ」
「あら」
そんな言葉を交わしながら、綾子は聞きたかった事がさりげなくすんなり聞けた事、忍がもう仕事を終えた事、に胸躍る感覚を覚えていた。
最初のコメントを投稿しよう!