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互いの鼓動が、触れる手と腕から伝わりそうな森閑とした空間。
綾子は、静かに口を開いた。
「少なくとも、今はだめなの……今は、館山君の気持ちに応えることはできないの」
綾子の答えに、一瞬哀しそうな顔を見せた賢吾だったが直ぐに、すみません、と手を離した。
賢吾の顔を直視出来なかった綾子は、ちょうどその時扉が開いたエレベーターの中に乗り込んだ。
中途半端な答えをしてしまった事を今さらながら綾子は悔いた。
賢吾に全てを委ねてしまいそうだった自分を踏みとどまらせるには、そう答えることが精いっぱいだった。
揺れる心は、決定的に突き放すことができなかった。
「私、最低ね……」
今の自分が賢吾の気持ちに応える事は、不誠実、あさましさ、極まれりだ。
やはり自分は一人で生きるべき人間なのだ。綾子は前を見、歩き出した。
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