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その後姿は直ぐに彼女と分かる。彼女の人となりは後姿にも美しく漂い、現れる。
しかし、今の彼女の後姿はいつもと違って見えた。
冬の陽射しが映し出す細く伸びた自分の影を見つめるように立ち止る後姿からは、彼女の、いつもの凛とした雰囲気が薄れて見えた。
弱く儚げに、崩れてしまいそうに見えた彼女の後姿に賢吾は、胸を強く掴まれるような痛みを覚えた。
多くの女性が幸せになる事に自らの幸せを見出し、それを貫きずっと輝いてきた彼女。
常に前を向く、誇り高く美しい彼女を、あんな弱々しい儚げな姿にしてしまったものは、何なのだろう。
今すぐにでも彼女の元へ駆けより、彼女を抱き締めたい。
けれどそれは出来ない。
自分にはそんな資格はない。
賢吾は奥歯を噛みしめた。
賢吾にとって綾子は学生の頃から憧れだった。
高嶺の花だった彼女が恋愛の対象へと変わったのは、同じ医師として対等の立場で働くようになった頃からだった。
しかし、その頃同時に気付いてしまった事があった。
それは、綾子が見つめる先にいる男の存在。
決して口にする事も、態度に表すこともなかったが、瞳が全てを物語っていた。
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