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今も手に残る、昨夜掴んだ綾子の細い腕の感触。
あの言葉には‘アイツには負けないから’という想いが込められていた。
そんな自分の気持ちは綾子に伝わっただろうか。
いつも賢吾の前に立ちはだかってきた緒方忍。
好敵手だ、ツートップだ、と学生時代から共に並び称されてきたが、賢吾にしてみれば、忍は到底越えられない壁のようだった。
だから敢えて専門も違えば、科も違う、敢えて違う道を選んだのだ。
しかし、医師としての技量はともかくとして、プライベートな事だけは、譲るわけにはいかなかった。
なにより、綾子の想いが、忍に届いているとは思えなかった。
綾子の想いも感情も、全て忍の上を素通りしているようにしか賢吾には見えなかったのだ。
けれども、綾子の応えは、ノーだった。
賢吾が拳を握り締めた時、立ち止っていた綾子が歩き出した。
何か吹っ切ったかのように背筋をのばし、いつもの綾子の凛とした後姿だった。
賢吾は傾きかけた太陽の西日の中に消えゆく彼女の姿を見えなくなるまで見送った。
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