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「美羽、どうした?」
美羽の顔を大河が心配そうに覗き込んだ。
「あ、ごめん、なんでもない。
手が滑っちゃったの。ほら、手、乾いちゃってるちゃってるから」
美羽は咄嗟に手を拡げて見せ、動揺する心を隠し、ごまかした。
まさか、兄の名前がこんな時に。
その名を聞いただけで、自分はこんなに動揺してしまう。
こんなに、胸が痛くなるなんて。
「兄は元気ですよ」
掠れ、震えそうな声を必死に抑え込み、平静を装い、楓花に笑顔で答えた。
楓花が、フフと笑う。
「いい男になったでしょう」
美羽の胸が、ギュッと締まった。
いい男、なんてものではない。
適当な言葉が浮かばない。
自分は今、どんな顔をしているだろう。
美羽の胸に、焦りにも似た鼓動が響いていた。
「それはもう……」
そう答えるだけで精一杯だった。
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