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遠い、と言った大河の言葉通り、奥多摩方面へ一時間ほど走り続けた車は青梅市に入っていた。
岩蔵温泉を抜け、中央線、多摩川を越え、賑やかな市街地も通過すると梅林が続くのどかな道に出ていた。
夜の闇に包まれた山々を背に点在する民家の中に、趣のある茅葺屋根の隠れ家のような料理屋があった。
大河はその駐車場に車を入れた。
駐車場には大河の車の他に二台の車が停まっていた。
どちらも黒塗りの要人が乗るかのような重厚感漂う外車だった。
車を降りた美羽は、料亭の佇まいに吐息を漏らした。
燈籠の控えめな灯に浮かび上がる石畳のプロムナード。
その先の玄関には梅の花が描かれた、丈の長い絣の暖簾が掛かっていた。
入り口に置かれた燈籠の脇には流麗な文字で‘薬膳料亭 梅の谷’と彫られた一枚板の看板が置かれていた。
敷居の高そうな料亭を前に、緊張気味の美羽を促し、大河は石畳を通り、暖簾をくぐった。
「いらっしゃい! 待っていたわよ」
入口の引き戸を開けると、中から出て来た紫紺の着物姿の女将がにこやかに明るく二人を出迎えた。
女将の顔を見た美羽は、あっ、と声を上げる。
「楓花お姉ちゃん!?」
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