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自らの牙城を守る為には、例え一番の教え子であっても容赦はできない。
原の端正な顔が苦悶に歪んだ。
ただでさえ、油断できないほどの能力を持った男が、とんでもない爆弾を抱えていたのだ。
「なぜ、よりによって緒方君なのだ……」
原の脳裏に、遠い昔の記憶が蘇る。
――先生を、信じていましたから。
彼女はそう言って、柔らかな笑みを見せていた。
まだ若い勤務医の一人に過ぎなかった自分の治療をずっと信じてくれていた。
他の、どんなに偉い先生達の言葉よりも、主治医である自分の言葉を信じてくれた。
当時まだ手探り状態で迷いばかりだった自分に、確固たる信念と揺るがない自信を持つ医師となるきっかけをくれたのは彼女だった。
患者に特別な感情を持つことなど、本来決して許されるものではない。
妻帯者であれば、それは言語道断以外の何ものでもない。
過去の、ただ一度の過ちだったのだ。
原が彼女の主治医になったのは二度。
最初に主治医になった時、まだ十代だった彼女は、手術をするかしないかの瀬戸際に立っていた。
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