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しかし、原は胸中にくすぶる葛藤に苦しまされた。
彼女にとって手術の回避は果たして良い選択だったのか。
もしかしたら、手術を受ければ彼女は今よりも健康な身体を手に入れることができたのではないだろうか。
次から次へと際限なく湧いてくる迷い。
自分とは違い、自信たっぷりに不敵に笑い、教授陣に「切る必要はない」と言い放った辻の姿が脳裏から消えなかった。
原の一年先輩だった辻は、学生時代から将来を期待され注目を集めていた。
最年少といわれる若さで助教授となった。
ほとんど年は変わらないのに。
外科医がそんなに偉いのか。
「君は、そんな顔でクランケにどうやって話すつもりだ?」
エレベータを待っていた原は、不意に声をかけられハッと顔を上げた。
目の前には、一足先にカンファレンスルームを出ていった辻がいた。
卑屈な色に染まり掛けた心を読まれたか、と、と原はひきつった笑顔を見せた。
「いや、いざ手術を回避できたとなったら、今度は不安になったんだ。
情けないな……」
辻は、肩を竦めてクククと笑った。
「あのクランケの見立ては僕も君と同じだった。
それに君はあんな場で啖呵切ったんだ、自分が決めた治療に自信持つことだ」
辻は原の中にズシンと響く言葉を残し、エレベーターには乗らず立ち去った。
原は、背筋の伸びた白衣の後ろ姿を見送った。
「自信を持つ、か」
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