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思慮に耽るように黙り込む忍に、原は静かに語り掛けた。
「そこの院長は私の先輩なのだ。
彼は君の、この大学に返還すべきものの残り全てを全額肩代わりする、とまで言ってくれている。
悪い話しではないと思うのだがね」
確実な手回しの跡が見えた。
さしずめ、先月あった循環器学会に於いて‘自らの教え子’として方々で忍を宣伝して回りでもしたのだろう。
穏やかでゆっくりとした語り口調ではあったが、忍には自分の周囲にとぐろを巻く蛇の姿を見たような気がした。
原の打つ手はしなやかに、しかし、着実に忍を包囲し始めている。
スッと顔を上げた忍は不敵な笑みを浮かべて原を見た。
「先生が、ここまで僕を思ってくださっていることに感謝申し上げますが、一つ伺いたいことがあります。
よろしいですか」
互いを牽制するかのような、冷たい空気が部屋を包む。
原の穏やかな表情の中の目は、真っ直ぐに忍を捉えていた。
「言ってみなさい」
空気を震わせるような、太く、どこか威嚇するような声だった。
忍は臆することなく口を開いた。
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