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忍の蠱惑な魅力を含む笑みに、綾子の胸がズキンと痛む。
それをごまかすように天を仰いだ。
風の煽りを受けた美しい巻き髪が、華麗な舞いを見せた。
「風が、強いわね」
そう呟くように言った綾子に、忍は、ええ、とだけ答えた。
二人は暫し、風の音、カサコソとなる枯葉の音を聞いていた。
二人の間に流れる空気が以前とは違うことは、互いに気付いていた。
恐らくもう、元に戻ることもないのだろう、ということも。
それを受け入れる、受け入れ難い、の違いはあったとしても。
ふう、と小さくため息をついた綾子は、前を向いたまま、静かに言った。
「忍君、少し前に左手の人差し指に小さな噛み跡付けていたでしょう」
忍の顔を見ることはしなかったが、ほんの一瞬、息を呑む気配は感じられた。
「どうしたの、とか、だれの、とか野暮な質問はしないけど。
巷では大騒ぎになってるわよ。
気をつけなさいね」
綾子がチラリと忍を見ると、彼は苦笑を浮かべて、はい、と答えていた。
余裕すら感じさせる忍の様子に綾子の胸が押し潰されそうになる。
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