‘本丸’始動

2/7
前へ
/35ページ
次へ
 東側の窓から射し込む日差しが温かく柔らかな、冬の昼下がり。 東に南に窓がある原教授の部屋は、昼間は暖房が効き過ぎる。 午前の診察を終えた原教授に呼び出された准教授の広尾は、白衣のポケットから出したハンカチで額の汗を拭っていた。  電話中の原を待つ間、ソファに座って待っていた広尾だったが、室温の高さと緊張で気持ちが悪くなりそうだった。 額に滲む汗は、温度によるものだけではなさそうだ。  冷や汗かな。 そっと苦笑を浮かべた広尾が、もう一度汗を拭った時。 「待たせて悪かったね」  電話を終えた原が、そう言いながら広尾の向かいの一人掛けソファに腰を下ろした。 「広尾君はタバコを吸うんだったね。 いいよ、遠慮せず吸って」  原は、広尾の緊張を解そうと、応接セットのテーブルの上に置かれていた大理石の灰皿とライターのセットを指示し、喫煙を勧めた。 しかし広尾は、今タバコを吸う気にはなれず、いえ、と手を軽く横に振った。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加