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渡された紙に目を通していた広尾が、凍りついたような顔を上げた。
原は普段と変わらぬ穏やかな笑顔を湛えていた。
しかし、不思議と感情の無い、仮面のような無表情にも見えた。
「今まで決して院内のパソコンは使わなかったのに、どうして急に」
腕を組んだまま表情を変えない原は、広尾の問いかけに冷静に答えた。
「かえって、燈台下暗し、を演出するのが一番いいと思ってね。
疑いを掛けられた者は信頼を失うのが世の常だ。
例えそれが‘濡れ衣’であってもね。
そう考えた時にこの方法が一番良さそうだ、と思ったのだよ」
決して、自分の手は汚さない。
淡々と語る原に、広尾は背筋が冷たくなるのを感じた。
あんなに暑いと感じていた室内の温度が一気に下がったように思えた。
「しかし、あの緒方君が、自分のパソコンをそんな無防備に晒すことはまずないかと……」
やんわりと、それは難しいと訴えたつもりだったのだが、目は決して笑うことのない原の笑顔が不気味に歪んだ。
「なんとか、してもらえませんかね」
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