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「その時は、何を聞かれても、俺は循内のことなど知らない、と言い切ったんですが……」
賢吾の言葉がそこで途切れた。
綾子は、賢吾の肩にのせていた手をそっとさすった。
何も言わずとも、肩に触れる柔らかな綾子の手の感触だけで、賢吾の気持ちはすっと楽になる。
賢吾は、苦しい胸の内を今、始めて吐露する。
「俺は、あの事故のことなんて話すつもりはなかったから、その時は話さなかったのに。
数日経ってからですよ、すべて、その時の役人に打ち明けた。
言ってしまえば密告です。
俺は、この、今院内で渦巻いてる汚い滓を浄化する為に情報を提供するんだ、と自分に言い聞かせたんです。
でも、それは自分に対する真っ赤な嘘です。
あの事故の事を口にした瞬間から、俺は自分に嘘を吐いたって思った。
俺は、ただ、アイツに嫉妬していたんですよ。それは――、」
一気に吐き出した賢吾だったが、言葉が途切れた。
その先が言えなかった。
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