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綾子の、あの忍を見詰める顔を見ていられなかった。
緒方忍を、この疑惑の渦中に引きずり込んでやろう、とその時一瞬でも思ったのだ。
それを打ち消す為に、自分に‘偽善’の嘘を吐いたのだ。
それはさすがに、綾子には言えなかった。
再び、頭を抱えて黙り込んでしまった賢吾に、綾子は言葉を失っていた。
賢吾は、強い男だった。
妬み、嫉み、そんなものとは無縁の、明瞭快活な男と思っていた。
しかし、ここにいるのは、打ちひしがれ、自信を失いかけた、一人の男。
綾子は、その逞しい身体をそっと抱き締めていた。
「あなたは正しいことをしたの」
賢吾が、両手で覆っていた顔をそっと上げた。柔らかで清涼な優しい香りが賢吾の鼻先を掠めた。
「綾子先生?」
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