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賢吾に会えば、はっきりと気持ちを定められない自分の心を思い知らされる。
それがイヤだった。
だから、無意識に賢吾を遠ざけてきたのだ。
けれど、と綾子は賢吾の物思いに耽る姿に胸が締め付けられた。
躊躇いを振り切り、グッと拳を握った綾子は歩を踏み出した。
「こんなところで一人で考え事?
らしくないわね、館山君」
不意打ちを食らったように驚いた賢吾は顔を上げ、綾子の顔を見て改めて、目を丸くした。
「綾子先生、どうしてこんなところに」
綾子は肩を竦めて笑った。
「喫煙室はたくさん人がいて、ゆっくりできないな、と思ってタバコを吸うのは諦めて、かと言って直ぐに医局に戻るのも嫌で。
ここに来たら少しぼんやりできるかしら、と思ったら、アナタがいました」
柔らかなトーンの美しい声が、吹き抜けの空間にこだまする。
賢吾の胸に心地よい響きを与えていた。
賢吾は、沈む心の奥底に沈殿する滓が浄化されたような錯覚を覚えた。
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