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声を出してはみたものの、言葉が続かない。
にわかには信じられないことだった。
賢吾は、誰もが認める誠実な男だ。
誰を、どんな形で裏切ったというのか。
自分に嘘を吐く、とは?
綾子は必死に思考を巡らせた。
しかし、あまりにも漠然とした疑問には解答など見つからない。
聞かなければ分からない。
綾子は締めつけるような胸の痛みを覚えていた。
視覚から受けた刺激に心が刺されるのは、何故か。
こんな賢吾を、見るのは辛すぎた。
綾子は、うずくまるように頭を抱える賢吾の肩にそっと手を乗せた。
「私に……話せる?」
沈む賢吾の、胸の奥底に優しく響き染み渡る柔らかな声だった。
少しだけ顔を上げた賢吾は綾子を見た。
「誰にも話せずに、苦しんでいたんでしょう?」
「綾子先生……」
目が合うと、綾子は微笑んだ。
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