約束のラフマニノフは、別れの序曲

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「忍……」 「父さん」  何かを言おうとした和也の言葉を忍は遮った。 忍の視線は、ベッドを捉えていた。 「俺はもうこの家に戻らないから、ベッドの処分も頼む」  温もりを、残り香を、そこに浸み込む記憶を全て断ち斬らなければ、忍も美羽も前には進めない。 何かを吹っ切った忍は立ち上がり、マグカップを机に置くと、荷造りを再開した。  黙々と段ボールに荷物を詰めていく忍を見、和也は胸を塞がれる想いだった。 和也の脳裏に消えずに残る紗羽の言葉があった。 「最後に、私を抱きしめてください。 それだけでいいの」  ずっと誰にも話せずに、胸にしまってきた真実。  忍の、美羽への愛情。戸籍上だけの兄妹。 許されるものなら許してやりたい。 しかし、紗羽が死ぬまで口にしなかった美羽の父の真相は、和也だけが知っていた。 決して口にはしない、と紗羽に誓ったのだ。
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