約束のラフマニノフは、別れの序曲

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 南に向いた窓から射し込む日差しは、日中、部屋を暖かく保ってくれる。 しかし、冬の低い太陽の陽射しがくれるその温もりは束の間のものとなる。  美羽は、部屋の東側から日の陰りを見せ始めた部屋の中で、じっと窓の外を見つめていた。  大河の寝室のからは、遠く冠雪の富士が見えていた。  そういえば、うちからも時々見えた。  ベッドの横になったまま、美羽はその遠方に小さく見えても雄大な姿を感じさせる富士を見つめて、家を思った。  こんなに長く家族と離れたことは、なかったように思う。 いや、演奏旅行や修学旅行などで少しの間離れたことはあったが、心まで離れたように感じたことは、なかった。  静けさに包まれた家の中で、窓から見える微かに、ゆっくりとオレンジ色がかってきていた富士の景観が時間の経過を教えてくれていた。  朝、大河に会社からの電話があった。 話しをしているうちに大河の顔色が変わっていった。 口調、声音から、会社で何かトラブルが起きたことが窺えた。
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