約束のラフマニノフは、別れの序曲

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 美羽はそっと起き上がった。 昨日よりは随分と楽になっていた。 全身を襲っていた痛み、倦怠感は軽度となり、身体を動かすのに支障はない。  部屋の隅に置かれていた赤い小型トランクと、バッグ。 ベッドからおりた美羽はバッグを取った。  バッグの中に、今夜のコンサートチケットが入っていることを確認した美羽は、それを手に取った。  チケットは、2枚。 忍から贈られた、あの、ラフマニノフのピアノコンチェルトのコンサートチケットだった。  一緒に行こう。  そう言って、渡してくれたあの夜の忍の声が、今での美羽の耳に残っていた。 「全てを吹っ切らないと、私は先には進めないよね」  自分に言い聞かせるように呟き、チケットを握り締めた美羽の心はもう、決まっていた。 *
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