約束のラフマニノフは、別れの序曲

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 寝耳に水、とはまさにこのことだ、と大河は笠原から電話で話を聞いた時に思った。  社に着いた大河は、今まで積み重ねてきたもの全てを根こそぎ持っていかれる光景を目の当たりにしたような錯覚を覚えた。  棚という棚から書類は消え、パソコンも、主なものはデータを全て抜き取られた。 壁に貼り付くように立つ社員たちは、茫然自失状態だった。  所せましと積み上げられた段ボール。 それらを持ったスーツ姿の刑事たちが、エレベーターの前に立っていた。  監督していた現場主任と思われる刑事が、大河の姿を認めると、傍に来、言った。 「社長さんですか」  大河は、納得がいかない、という感情を露わに憮然とした表情のまま頷いた。 「突然、申し訳ありませんが、社長さんのパソコン、押収させていただいてよろしいですか」  物腰は柔らかいが、目つきが鋭い。 ここで、イヤと言えば、今後、会社の経営自体に支障を来すと踏んだ大河は大人しく応じることにした。 「ここにあるデスクトップか。それとも俺の手持ちのノートか」
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