約束のラフマニノフは、別れの序曲

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 寺井、とはこの会社を切り盛りする幹部メンバーの一人で、元は大河と笠原と同じ大学、同じゼミの学生だった。 志を同じくし、一緒に大学を辞め、この会社を立ち上げた仲間。 大河の、信頼してきた友人の一人だった。  しかし、大河の胸を疑惑の闇が一気に覆う。 「あいつ、ここんとこ来ていなかったか?」  大河の問い掛けに、経理、事務全般を取り扱う社員の一人が押収されずに残っていたパソコン内のタイムカードを確認した。 「昨日まで来ています」  前日まで何事も無く働いていて、こんな事になったその日にまるで示し合わせたように姿をくらました、ということか。 大河の中に生まれた不信は否応なしに肥大する。  ただ一方で、今日は偶然、まったく関係のない事情でただ単に連絡がつかないだけなのかもしれない、と、一方的に疑いを持つことが憚られる心情も大河の中に残っていたが、 そんな迷いは、腕を組み、思案していた笠原が言った言葉に一気に打ち消された。 「寺井の親の勤め先って大手製薬会社じゃなかったか」
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