約束のラフマニノフは、別れの序曲

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 病院の敷地内に建つ独身寮の部屋は、家具が備え付けてあった。 引っ越しとはいえ荷物は段ボール数個。 全ての荷物は自家用車のみで運び終え、忍は荷ほどきを始めた。  机上に出した卓上カレンダーを見た忍は、数字を囲む赤い丸印を見た。  今日だったな。 心中で呟き、忍はカレンダーを改めて手にした。 美羽と約束した、あのコンサートは、今夜だった。 だから今日はわざわざ休みを取っていた。  チケットは二枚とも美羽に預けてあり、形となるものは忍の手元に残っていなかったが、カレンダーにはちゃんと丸が書いてあった。  チケットを美羽に預けたのには理由があった。 こんな仕事をしている自分は、必ず行けるという保障はない。 もしも自分が行けなかった時の為に張った予防線。 自分が行けなくとも、美羽が一人にならない手筈は整えてあった。 こういう形になることは、忍としても想定外ではあったが。
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